裏版・イノセント日記 作・みゅう |
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小鳥が「M」の紋章付きの封筒と小包を宅配業者から受け取ったところから、この話しは始まる。
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小鳥「ねぇ、差出人の『言ノ葉茶亭』って何かなぁ?」
ダグ「なになに? 『幸福画廊関係者ご一同さま』だぁ〜?」
白野「『言ノ葉茶亭』って、作者の人が仲良くしてるサイトだよね」
朱里「確かにそうですが……」
差出人の素性が判明すれば、嫌がらせだの脅迫だとかの心配は無用。さっそくあけてみる。
小包の中身はパウンド型のケーキで、封筒の中身は招待状だった。
木の葉がデザインされたカードには「画廊の関係者皆々様そろっておこしください」と書き添えられている。
さっそく切り分けられたケーキの断面はきれいなマーブルだ。
素朴な風合いで、朱里のつくるデザートのように凝ったつくりではないが、味はひけをとらない。しっとりとやわらかく、朱里のいれた紅茶によくあう。
「あ、おいしい♪」
「関係者って、俺も入るよなぁ」
ケーキをついばみながら小鳥とダグラスはすでに行く気まんまんである。
「おいしいケーキとお茶があるなら、ボク、行ってもいいよ」
「だめですっ!!」
白野までもが同意すると、思いがけない強い口調で朱里が反対した。
小首をかしげる白野の視線を真っ向から受けとめる。
「えー?! 陰険執事の横暴!」
「またお前の甘やかしが始まったな。お茶会くらいいいじゃないか。得体の知れない相手じゃないんだし」
呆れはてた口調のダグラスを朱里はキッと睨みつけた。
「小鳥さんや刑事がどこへ行こうと私の知ったこっちゃありませんが、白野さまが行くのは断固反対です!」
いいですか?! あそこの管理者はサイトを「我が家」として扱い、自分を家主と標榜しているのですよ?!
「それのどこが…」
悪いのか、と言いかけたダグラスの言葉を朱里は奪い取る。
管理人というのは、その場を「管理している者」です。その場の治安維持に勤める義務があります。しかし、家主とは「その家の主」のことで、そこの実権を一手に握っているということなんですよ。治外法権の場です。
まして、あの人は、自分のことを「女帝」だとか「姫」だとかと豪語する、ウチの作者の友人です。同じ穴のムジナです!
そんな危険なところに白野さまを行かせることができるものですかっ!!!
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ぜいぜいと息を切らして力説する朱里を、ダグラスは半ば恐ろしいものを、半ば哀れなものをみるような瞳で見つめていた。
この凍りついた空気を少しでも融解させなくちゃ! と、健気な決心をした小鳥は
「お…おかわりあるよ」
と、すでに空になっているダグラスの皿にまだ残っているマーブルケーキを載せてやろうと、箱の中に手を伸ばす。
「あら、もう一つ封筒が……」
ケーキの下敷きになっていた封筒を取り出して小鳥は硬直した。
その宛名は『親展・陰険執事殿』。しかも、ハートマーク付き。
「……すげーー、微妙だな、朱里」
ダグラスは朱里の顔を見ることができず、うつむき加減に紅茶を飲む。視界の隅で封筒を持つ朱里の手が小刻みにふるえている。
「朱里って、愛されてるんだね」
白野の台詞にダグラスは思わず紅茶を吹き出しかけた。
あれ?ボク、ヘンなこと言った?と言わんばかりに白野は小首を傾げ、箱を視線で示しながら言葉を続ける。
「だって、その人、前に『朱里って萌えキャラよね〜』って、作者に言ってたでしょ」
ゲホゲホとむせるダグラスには一顧だにせず、朱里は白野を見るにしては珍しいほどの厳しい目をむける。
「白野さま、意味が分かっててしゃべってらっしゃいますカ?」
「え? 違うの?」
きょとんとする白野。
「読者からの人気が高いって意味じゃないの?」
「ち・が・い・ま・す」
冷たい炎をしょっている朱里と、それを意に介しているのかいないのかわからない白野。
この険悪な空気をどうにかしてほしくて、小鳥はダグラスに視線を向ける。
が、ダグラスはケホケホとまだむせているふりをして『我関せず』を決め込んでいる。
「そ、それで、中身はなんなんですか?」
ダグラスに小さく「役立たずっ」とつぶやいて睨み付けてから、小鳥は勇気を振り絞って声を発した。
その甲斐あって、朱里の視線は白野から手紙に移る。
しかし、小鳥の決死の覚悟は、あまり役に立たなかった。空気がやわらいだのはほんの束の間。
手紙を読み始めた朱里は、まず固まり、次いで背後から恐ろしいまでの怒りの炎を吹き上げた。
「……これは……」
拳を握りしめ、口元をわななかせるが、それきり言葉にならないようだ。
怒りのあまりか、手紙を取り落としたことにも気付いていない。
白野と小鳥は朱里のあまりの形相に顔を見合わせ首を傾げる。
「朱里、いったいなにが……」
言いかけた白野の視界の隅でダグラスがひきつけをおこしている。
朱里の落とした手紙を拾って読んでいたらしい。
「ねぇ、なにが書いてあるの?」
不思議そうな顔で白野はダグラスに歩みよる。
その小首を傾げた顔は純真無垢そのもの。
白野の手がダグラスの持っている手紙に伸びたとき、ダグラスは今の今までひきつけをおこしていた人間とは思えぬほどの反射スピードで身を起こす。
「だ、だめだ、おまえは読んじゃいかんっ!!」
振り上げ、遠ざけた手紙を後ろから小鳥が掠めとった。
ダグラスがはっとして振り返った時には、すでに小鳥はソファを回り込んで白野の隣に立っていた。
「やめろっ!読むなっ!!!」
「いけませんっっっ!!」
朱里とダグラスの台詞が重なるなか、白野と小鳥は顔を寄せ合って手紙を開く。
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『……
たくさんある画廊の客室に泊めてもらうのは初めてではない。それどころか、【定宿】ともいうべき部屋がある。
が、その部屋にこの館の主である白野が訪れたことなど、これまでは一度もなかった。
「どーした? 怖い夢でも見たンなら執事の部屋に行けよ」
軽口を叩くダグラスに返事をせずに、白野は扉を閉めると後ろ手に鍵をかける。
ベッドに身を起こしたダグラスの顔を凝視したまま、迷いのない足取りで近寄ってくる。
何かおかしい……
遅まきながら異変を感じて、ダグラスは布団をはいでベッドからおりようとした。が、そのとき、すでに白野はベッドの上に乗っていた。
「お、おい?どーしたんだ?」
ダグラスの身体の両脇に手をつき、四つん這いでダグラスの顔を上目使いで見上げる。
その目は普段より妖しげな光りをたたえている。
「ねぇ……」
ささやくような声音。
近づいてくる育ち過ぎた天使のような顔。
目の前にある白野の紅い唇が動く。
「……僕を見捨てないで」
「な、何を言って…」
ぺロリと、唇をなめる舌先が蠢く。
ぞくり。
妙な感覚がダグラスの背中をはしる。
「みんな僕を置いて行くんだ」
じっとダグラスを見つめていた青い瞳が下を向く。
金髪が鼻先をくすぐった。
「……今のままじゃだめなの?」
頭が動くにつれ、か細い声はくぐもって聞こえにくい。
すでに表情は見えない。
「朱里と小鳥ちゃんと……このまま仲良く暮らしてきたいんだ」
呆然としていたダグラスは、ズボンのウエストに白野の手がかかって我に返った。
「ななななななななななな」
なにをする。と言いたいのであろうが言葉にならないほど狼狽するダグラスを気にする風もなく、白野は手をすべりこませる。
「だから、小鳥ちゃんを連れていかないで。そのかわり…」
台詞の続きは、手の動きで伝える。
「大丈夫。朱里に教わってるから。心配しないで」
……』
「この続きを書かれたくなければ、お茶会にくるように」と、その手紙はしめくくられていた。
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「ななななななな」
手紙に書いてあったダグラスの台詞を真似たように、小鳥が泡を吹く。
「……」
さすがの白野も言うべき言葉が見つからないようだ。
困ったような顔で朱里の顔を伺うばかりだ。
「だから、言ったでしょう」
その白野の視線を受けて、朱里は苦々しげに、吐き出すように言をつなぐ。
「作者と同じ穴のムジナだと」
「……これって……」
白野はようやく言語機能を回復したようで、朱里の顔を凝視したまま言葉を発した。
「どういうこと? ねぇ、朱里。教えてよ」
-end-
--サンクス--
みゅうさん:言ノ葉茶亭
『裏版・イノセント日記』のタイトル通り、9話のCM日記をネタに書いて下さいました。
みゅうさん、ありがとー。でも、同穴ムジナって連呼しないで〜(笑)