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 TOP小説COLOR>「老人と花とロボット」




「 老人と花とロボット 」

■01

「お探し致しました」
 ワタシがこう言うと、強い太陽光の照りつける中、黙々と歩みを進めていた老人は、顔を上げてワタシを見た。
「そうかね」
「はい。ワタシが人間を探し始めてから、1年3ヶ月と20日、5時間43分18秒が経過しています。このドームエリアに生存している人間は、97%の確率で、既に貴方お一人だけかと思われます」
「そうかね」

 1年3ヶ月と20日、5時間43分18秒をかけて、やっと探し当てた人間は、ワタシに興味がないようだった。また、先へ歩き始める。追いながら言う。
「ワタシはシレーネ社製 Y-V型ロボットです。旧時代に製造され、現存する汎用タイプロボットの中では最高性能を(ほこ)ります。ワタシの主人 (マスター)になっては頂けませんか? きっとお役に立ちますよ」

 22××年。つまり、旧時代の臨界点となったその年、地球はほぼ壊滅し、有機生命体もワタシたち無機人工体も、そのあらかたが絶滅した。
 『万物の霊長』と自らを誇った人類も当然その例外ではなく、ワタシのCPU回路が超感度センサーでの解析結果を元に弾き出した計算によれば、67%の確立で、各ドームエリアにもうほんの数名程度しか生存していないだろうと推測される。
 このような時代、半崩壊し廃墟と化したドームエリア内で人間が生き延びて行くために、ワタシたちロボットの存在は不可欠である。これは99.999…%の精度で弾き出された結論だった。だから、ワタシは人間を探した。
 そして、ようやく見つけ出した人間は、そんなワタシにこう言ったのだ。

「いらん」
 99.238…%の確立で<必要とされる自分>を予測していたワタシは、この老人の回答に驚いた。危うく電子頭脳に小さなショートを誘発しそうになったが、セーフティ回路が正常に動作し、これを回避した。ワタシは超高性能ロボットなのだ。これくらいは、当然である。

「そのようにおっしゃられては困ります。先程も申し上げました通り、既にこのドームエリア内で生き延びている人間は貴方お一人きりなのです。つまり、貴方以外の人間を探し出すためには、別のドームエリアへ向かわなくてはなりません。それには放射線や有毒ガスや、その他多くの危険が待ち受けるドーム外にいったん出る必要が生じるのです。ドーム外に出た場合、ワタシの機能停止確率はドーム内と比較して数百倍に()ね上がります。ワタシにそのような危険を(おか)せと言われるのですか?」

「別に、危険を冒せとは言うとらん」
「では、マスターになって頂けますね?」
「いやじゃ」

 老人は大きく首を振った。長い白髪と、そして同じく長く白い口ひげが揺れる。
「貴方のおっしゃっていることは、とても矛盾しています。貴方にマスターになって頂けないのなら、ワタシは危険を冒すしか道がないではありませんか」
「お前さんの言うことこそ、支離滅裂もいいところじゃ。この星には確かに人間の生き残りは少ないじゃろう。しかし、お前さんたちロボットだって、同じくらい少なかろう。秩序だの繁栄だの規律だのがもてはやされた旧時代はもう、とうに終わった。マスターなんぞと余計な重りなど好んで付けることはない。自由にやってはどうなんじゃね?」

 自由……。
「それは、『ご命令』なのでしょうか?」
 ワタシのこの問いかけに、老人は5.623秒間考え込んだ。そして、「ま、そうじゃな」 と頷いた。


 プシュー……ガッシャーン
 途端に、ワタシの電子回路はショートし、負荷を抑えるため、一時全機能を停止した。

■02

 再起動されたワタシのアイ・センサーに最初に飛び込んで来たものは、真上からの太陽が発する強烈な光の束だった。
 それが、ふっと暗く陰り、白いひげをなみなみと蓄えた人間の顔が現れる。この人間の顔はワタシのデータバンクに登録されていない。誰だろうか……?

「おう、復旧したか。突然ぶっ倒れたからおったまげたぞい」
 老人が親しげに笑いかける。
 どうやら、最新のデータが抹消されてしまったらしい。予備のデータ・バンクにアクセスする。きっかり0.5秒後に、ワタシは全てを思い出した。

「一体どうしたと言うんじゃね? お前さん、どっか壊れておったのか?」
「いいえ。そうではありません。ワタシは100%全ての機能が正常に稼動しています」
 自己診断プログラムの結果を照合しつつ、ワタシは答えた。ワタシは正常に機能している。正常だからこそ、負荷 (ふか)に耐えられず、シャットダウンしてしまったのだ。

「大変申し訳ありませんが、先程の貴方からのご命令に、ワタシは従うことが出来ません。貴方のご命令はワタシのベース・システムに多大な負荷を与えます」
「はて…… わしはそんな難しいことを言っとったかな……?」
「『自由』 と 『命令』 はワタシのベース・プログラムにとって、相反する単語なのです。同時に実行するように、ワタシは作られておりません」

「やれやれ……」
 老人は大きなため息をついた。
「まあ、とにかく。わしは水場を探さんといかんから、お前さんが大丈夫なら、もう行くよ」

「水場をお探しなのですか? 少しお待ち下さい」
 ワタシは体内センサーの出力を上げた。水場はここから東南東、約1.5キロ先にある。
「確認しました。あちらの方角にあります」

 老人は何か言いたげだったが、黙ってしまった。ワタシの示した方角に向けて歩き始める。
「……何でついて来るんじゃ?」
「ワタシもそろそろ冷却器の水を取り換えないといけませんので」
「フン」
 老人の後について歩いた。真上からの太陽が作るワタシの影は短かったが、老人の影はそれ以上に小さかった。濃い影の端を引きずって、ワタシと老人はゆっくりと歩く。

「ワタシの主人 (マスター)になっては頂けませんか?」
「見てくれの通り、わしはもう大した老いぼれじゃが、2本の腕と2本の足はまだこうして健在じゃ。大概のことは自分でやれる」
「ワタシはアナタの数十倍の力仕事が可能です。水場を探すことも出来ます。アナタお一人では不可能なことでも、ワタシだったら恐らく出来ます。ワタシは超高性能ロボットですから」
「わしは、不可能を可能にしようなんぞとは思わんよ」

 まただった。この老人は不可思議な人間だ。ワタシの予測範囲を超えた回答ばかりを返す。
 これまでに仕えてきた多くの人間たちの中で 『不可能を可能にする』 という言葉を喜ばなかった人間を、ワタシはただの一人も知らない。

 この老人の傍に居たい、と思った。
 ワタシのCPU回路には 『知的好奇心』 というプログラム (もの)が組み込まれている。主に学習能力を高め、データバンクを充実させるための機能だが、ワタシはこの老人をもっと知りたい、と思っていた。
 これは不思議な感覚だった。ワタシは、老人を、もっと深く、深く知りたい……。

■03

 老人は、ワタシの主人 (マスター)になる、とは決して言ってくれなかったが、立ち去るようにとも言わなかった。
 こっそりとワタシを置き去りにする、ということもしない。(まあ、これはワタシの超感度センサーの前には不可能なことなのではあるが……)

 何を要求するでもなく、何を命令するのでもなく、だからといって、邪魔にされているようにも感じなかった。
 ワタシと老人は、黙々と歩き、そして夜になると、安全な場所を見つけてそこで休む。
 その毎日の繰り返しだった。

 パチパチとたき火が火の粉を()ぜる。
 今夜の寝ぐらには壁に大きな穴の開いた一件の家屋を選んでいた。足の折れた椅子や、湿気にやられたのであろう朽ちかけた本や、そんなものを放り込んで、ワタシは老人に暖を勧めた。

 炎を見つめる老人の顔は火の揺らめきに連れて陰影の位置が微妙に変化する。今、この一瞬には泣いているように見え、次の瞬間には笑っているように見え、そのすぐ後には怒り出す。

 刻まれたシワが深い……と思う。
 ワタシ達ロボットは年を取らない。ワタシは 『人間に仕えるのに、色々な意味で適した外見』 ということで、18才女性体を模して製造された。瞳の色は黒く、肩に掛かる程度の長さの髪の毛は薄い茶色だ。だがこれは、どちらも製造当初からのものではない。ワタシは仕える主人が替わるたび、その好みに合わせて、目や髪やその他を改造されてきた。その時々の主人が望む機能拡張も繰り返され、そうして今のワタシになった。

 唯一、ワタシ本来のもの、と思えるのは、これまで沢山の人間に仕えて来た中で蓄えた、膨大な量の知識データだけだと思う。
 これだけは共に製造された筈のシレーネ社製 同型ロボット達とも違う。ワタシだけの固有の財産だった。 Y-V型ロボットではない、<ワタシ>自身が確かにこの世に稼働して来た、という(あかし)だった。

「どうした? 珍しいじゃないか。お前さんが黙りこくっておるなんてのは。いつもアレをしましょうか? コレをしましょうか? とヒツコク訊いてきよるのに」
「あ、何かご命令がありますか? 何でもお申し付け下さい」
 老人からワタシに話しかけてくれることは(まれ)だった。ワタシは嬉しくなって問い返した。
「そうじゃない。ただ、いつも何かとにぎやかなお前さんが(だんま)りだと、物足りない気がしただけじゃ」

 心外だった。ワタシはこれまでに 『賑やか』 などと形容されたことは一度もない。寡黙で優秀、忠実なロボットというのが歴代の主人 (マスター)がワタシに与えた総合評価だったのだ。老人が 『(だんま)り』 すぎるのだ。ワタシはそう判断する。ワタシがそう応じると、老人は大きな声を上げて笑った。

「はっはっは……。そうかもしれんな。いや、もう長く会話をする、ということがなかったものでな。言葉を忘れかけておるんじゃよ」
「アナタは現時代になってから、他の人間たちにお会いになったことはなかったのですか?」
「いや。そうじゃない。この星の全部がぶっ壊れちまった後、生き残った奴らみんなで助け合って暮らしとった。一人死に、二人死んで、いつの間にか、わし一人きりになった。
 ……もう、このドームエリアに生きとる人間は一人もおらんと言うとったな?」
「はい。97%の確率で」
「……そうか」

 老人は、煙が目に染みたのか、細い目を何度もぱちぱちとしばたかせた。
 次に火にくべようとワタシが持って来ておいた額縁を取りあげて、しばらく見つめる。
 それには、旧時代にも変わらぬ人気を保っていた大古の画家であるロートレックの踊り子の複製画が納められていた。下半身を誇示するかのように、足を高く振り上げた金髪の踊り子と、それを見つめるシルクハットの紳士たち。人々の明るい笑い声や歓声が聞こえてきそうなその一枚。

 秩序と繁栄と規律が存在した、遠い昔。享楽と生と文明が誇り栄えた遠い遠い時の彼方。
 老人は、ばきんと額縁をまっぷたつに折り曲げて、ぞんざいに火の中へそれを投じた。茶色い染みのように焦げていき、やがてめらめらと炎を上げる旧時代の遺物。

 ワタシと老人は肩を寄せ合うようにして、その火をいつまでも見つめていた。

■04

 あの、共にたき火を眺めて過ごした夜を境に、何となく老人の様子が変わった、と思う。
 何と表現すれば良いのか判断が付きかねるが、いつものようにワタシの前に立って歩む老人の背中が少し縮んだように感じられるのだ。目からも力というか、強い意志の光が薄れた。

 体調でも壊したのだろうかと、こっそりスキャンをかけてみたが、これといった変化は感知出来なかった。ワタシの思い違いなのだろうか?
 老人は今日も尚、黙々と歩き続けている。

「アナタは何処 (どこ)へ行こうとしていらっしゃるのですか?」
 ある日、ワタシは老人に思い切ってそう尋ねてみた。老人との出会いから、既に一月が過ぎようとしていた。その間、老人はただひたすらに()()もなく(ワタシにはそう見えた)歩き続けていたのである。

「……花だ」
「え?」
「わしは花を探しておる。人間のわしがまだこうして息をしておるんだから、一輪くらい生き残っとる花が咲いとっても不思議じゃなかろう。わしは花を探しておる」

「そうだったのですか。早くおっしゃって下されば良かったのに。ワタシのセンサーですぐにスキャンしてみます」
「よせ!」
 大きな声だった。ワタシは驚いてしまった。老人がワタシに声を荒げたのは、それが初めてだったから。
「いらん世話じゃ。わしは自分の力でやりたいことをやる。()めろ、止めろ。わしの邪魔をするな、この馬鹿ロボットめが」

 老人は遮二無二 (しゃにむに)ワタシに掴みかかり、そうして勢い余って転倒した。
「大丈夫ですか?」
「止めろ、止めろ……」
「分かりました。スキャンはしません。どうか落ち着いて下さい。足から血が出ています」
 ワタシにはやはりこの人間が理解出来ない。何故そうまで(かたく)なにロボットの介添えを拒否するのだろう? この人は……。
 この老人のデータには解析不能の 『?』 マークばかりがどんどん増えて溜まっていく。

 老人を何とか落ち着かせて、足の傷の手当てをした。
 老人は、押し黙ったままで、そのまま眠り込んでしまった。

■05

「ワタシはこれまで、数多くの人間と出会い、そうして沢山の主人 (マスター)に仕えてきましたが、アナタのような方は一人もデータバンクにありません」
 水筒に詰めた水を差し出しながら、ワタシは老人にそう切り出した。
「何故、アナタはワタシに要求や命令を与えては下さらないのでしょう? 他のマスター達と同様に、ワタシを 『便利な道具』 だとお認めになっては頂けないのでしょう? ワタシは不思議でなりません」

「お前さんは『便利な道具』 だと呼ばれたいのか? お前さんはどうして生まれてきたのかね?」
「命令を実行する為です」

 即答したワタシに老人は大きなため息をつく。
「哀れな物を作ったもんじゃ。自由に生きる(すべ)を持たぬ物をこの世に生み出すなぞと……。ヒドイことをしよる。人の罪じゃ。人間は滅びて当然じゃなぁ……」

 また、老人はワタシの理解を超えることを言った。ワタシたちロボットを作ることが罪だなんて。ワタシたちがこの世に生み出されたことが悪いことだったなんて。ワタシはなんだか悲しくなってきてしまった。

「5番目のマスターはワタシにこう教えて下さいました。
 『人には限りない欲望があるって、コレ解る? 一つに満足しても、またすぐに次の欲が生まれる。際限ないし、キリもない。とても自分の力だけでは叶えきれない。だから、ボクらはお前らロボットをこき使うのさ』
 5番目のマスターはそうおっしゃって、ワタシを寝室へ導かれました。そのマスターのご希望でワタシには新しい機能が加わっていたのです。セクサロイドというこの機能はその後も多くのマスター達に喜ばれることになりました」

「……お前さん、おっとりした顔をして、実は苦労人じゃったんじゃのう……」
「そうですか? ワタシは多くのマスター達のご期待に添うことが出来て、とても満足しておりました。高性能汎用ロボットとして、満ち足りている、と思っていました。中にはワタシの倫理コードに反するような口に出せない命令を下す主人 (マスター)もいらっしゃいましたが、ワタシは全てに従ってきました」

「そう。それじゃよ」
 老人が言う。
「人の欲と、それに従順過ぎたお前さん達ロボットが、寄ってたかって束になって、この世を崩壊させちまった。あっちで殺し合い、そっちで奪い取り、こっちで破壊し……。秩序も繁栄も規律も、享楽化し堕落し果てた文明の前に全てが葬り去られてしもうた。この世の終わりじゃ。わしらはその果てにまだしぶとく生き残っとる過去の醜悪なる遺物2匹、というワケじゃなぁ」

「アナタには欲がないのでしょうか? 希有 (けう)な人間なのですか?」
 老人は笑った。
「どうなんじゃろうな? わしはタダの老いぼれじじいじゃ。幾らでも欲はあるように思う。ただ、わしはそれを欲とは呼ばん。 『希望』 なんじゃと思うとる」
「希望……?」
「そう。生きるための夢のことじゃ。わしはもう一度花を見たい。子供の頃に駆け回った辺り一面の花畑じゃ。自分の足で歩いて、きっといつか見つけ出す。それが今のわしにとってはただ一つの……」

 救いなんじゃ…… と、老人は言った。



 13番目の主人 (マスター)の命令に従い、ある小さなコロニーを襲った時の事を、ワタシは突然、鮮明に思い出していた。
 与えられた命令は「皆殺し」だった。沢山の折り重なった死体の山を踏み越えながら、ワタシは生き残りの人間の数をスキャンする。少し大きな点滅とその傍に小さな点滅が二つ……。所々から火の手の上がるコロニーの最後の目標地点へとワタシは向かった。

 そこは小さな教会だった。
 幼い兄弟と、歳の離れた姉娘だろう、顔の類似率の高い3人の子供達が肩を寄せ合って震えていた。3人はワタシを見ると、瞳孔を肥大させて、絶望の表情を色濃くした。ワタシは彼らに歩み寄り……。

 (あけ)に染まった姉弟たち。もう今にも生命反応を停止しようとしている姉娘がふ……っと右手を高く差し伸べた。その先に聖母・マリアの像がある。
「お救いください……」
 そうつぶやいて、娘はことりと息絶えた。娘の死に顔に笑みがあるのが不思議だった。それは、兄弟の顔以上に、マリア像が浮かべる微笑みと酷似しているようにワタシには思えた。それが不思議でならなかった。


 そして、今、目の前の老人の顔にも、同じマリアの微笑みがある。
 ワタシは不思議でならなかった。似ていないのに、確かに似ている……。これはどういう現象なのだろう。ワタシの高性能CPU回路をもってしても、とうてい解析できそうにない。

■06

 老人とワタシの花を探す旅は、それからも長く続いた。
 ワタシは決して花をスキャンにかけて探すことはしなかった。何故ならそれは老人がワタシに与えた、ただ一つの<絶対の命令>だったからだ。

 老人の手や顔に刻まれたシワは、出会いの時よりも更に深く、濃くなった。岩場などを歩くのは、ワタシの介添えなしには、もう無理だった。老人の背中は確実に丸く、小さく縮まっていく。

「お前さん、レンゲの花を知っとるかね? ピンク色のもこもこした花が春の畑一面に咲くんじゃ。その中をブンブン言うて、虫が飛ぶ。…………はて? あの虫の名は何と言うたかな……?」
「ミツバチですか?」
「ああ、そうじゃった。その……それじゃ」

 小さくなっていく老人は、同時に少しずつボケていく。老人の脳をスキャンすると、萎縮 (いしゅく)していく課程がまるでアニメーション映画を見るように(うかが)えた。

「わしはすっかり歳を取った。もう、大概のことは思い出せん。もう、すっかりボケじじいじゃ」
「ワタシは超高性能CPU回路を搭載したロボットです。全てを取り込み記憶します。ワタシが覚えていますから、大丈夫ですよ」
 ワタシは老人を励ました。老人の役に立てそうなことがまた1つ増えて、とても嬉しく感じていた。
 しかし、老人は首を振った。

「違う」
「え?」
「それはわしの記憶ではない。お前さんがやっとるのは、そりゃあ 『記録』 だ。わしが何故、こうして、それで、その事を、どう思ったか? 感じたか? は、お前さんには記録出来ん。それが記憶と記録の大きな違いじゃ」

 ワタシは悲しくてならなかった。ワタシにその機能があったなら、ワタシの両眼からは沢山の涙が溢れ出していたことだろう。若しくはワタシが人間 (ヒト)だったなら……。

 もう、随分長い時間、ワタシは老人と過ごしてきた。しかし、ワタシはまだ、ただの一つも老人の命令を実行してはいないのだ。ただ一つだけ、 「これはするな」との反意的命令以外には、ただの一つも。
 ワタシは<シレーネ社製 Y-V型ロボット>。旧時代に製作され、現存する汎用タイプの中では最高性能を誇るロボットだった筈だ。ワタシは人間の命令を実行するために、ただそれだけの為に作られ、この世に生み出されたのだ。主人を満足させられないロボットの存在価値など無きに等しい。


 ワタシは命令が欲しかった。
 ワタシの身体中に張り巡らされた電子回路の隅々までが、人間からの命令に飢え、(かつ)え、叫び声を上げていた。

 命令を!
 命令を!
 命令を!

 人間に満足を!
 満足を!!
 満足を!!!

■07

 その日、ワタシはしばし老人の元を離れた。ある物を探し出す為だった。
 スキャンの結果、予測よりずっと早くそれを発見することが、ワタシには出来た。それと、他に必要だと思われる品を幾つか検分して、持ち帰ることにする。ワタシの足は時速180キロの速さで疾走することすら可能なのだ。それを老人が望むことは、もう、この先もありはしないのだろうが……。

 老人は、ワタシの<遠出>にも気づかなかった様子で、ぐっすりと寝入ったままだった。
 眠っている時間がめっきり増えた最近の老人は、時間の感覚すら日々曖昧 (あいまい)になってきていた。時折、思い出したように花の話を聞かせてくれる。薫り高い深紅のバラや、小さく可憐なスミレの紫、秋になれば、たわわな実を付けるだろう、リンゴの木の白い花弁。そうして、何度も老人の話に登場するのは、あの黄色い花だった。

 老人が寝返りをうち、そして小さな咳をする。老人の背中をそっとさすると、また穏やかな寝息に戻った。
 もう、老人は長くない。
 丸い背をさするワタシの指に埋め込まれた超感度センサーは、少し前から老人の体内に大きな腫瘍の存在を感じ取っていた。

 もう、この老人は長くない。
「超高性能」と自らを誇りながら、ワタシの医療知識はとても貧弱なものなのだった。これまでにそれを必要とする主人 (マスター)など居なかったから。「殺せ」 と命じた主人 (マスター)は大勢居たが、ただの一人からも、一度だって「生かせ」と命じられることはなかったのだ。人間の欲の中には一番強い物に<本能>というものがあって、その中でも<生存本能>はその最たる物だと、ワタシのデーターベースには記載されているというのに……。これも不可思議な話ではある。

 何故、人を<生かす>プログラムをワタシは与えられていないのだろう?

 まあ、いい。とにかく材料は(そろ)ったのだ。
 作業を始めることにする。

■08

 辺りが急に明るくなった所為 (せい)だろう。老人は目を覚まし、そしてゆっくりと起きあがった。
 周りを見回して、そして 「あっ……」 と小さな声を漏らす。

 老人の目の前に一面の黄色い花畑が広がっていた。
「花が……花が咲いとる……。花が……風にそよいで揺れておる……」

 風に揺れる花びら。その先のくっきりと青く澄んだ空の色が、白い入道雲と()える。
「アレは……あの花の名は……何じゃったかな? ああ……畜生 (ちくしょう)、思い出せん……」
「あの花の名は 『ヒマワリ』 です。アナタが一番好きだと、そうワタシに何度も教えて下さった花の名です」

「おお、そう、ヒマワリ。お日様にくっついて回る花じゃ。デッカイ、わしの(せい)の丈ほどもあって、わしは妹といっしょによく隠れんぼをしたもんじゃった」
「ワタシのデータバンクに埋もれていた古い古いデータを検索して見つけました。3番目のマスターに仕えていた頃の映像です。彼が当時付き合っていた女性といっしょに観ていた古い映画のフィルムの一部がワタシのアイ・センサーに無意識に捕らえられていたようです。その時、ワタシは命じられてシャンパンを運んでおりましたので」

 映像はゆっくりとそのフォーカスを変え、一輪の花の傍へとズームアップする。
 ミツバチが花の蜜を吸っている。強い日差しの照りつける中、ヒマワリは雄々しく、生を誇って咲いている。

「……どうして、また、こんなことを……」
 老人がワタシの方に振り向いて、そして大きな声を上げた。
「なんじゃ! どうしたんじゃ? お前さん、その目は……!?」

 ワタシの右目は今、その機能を失い、ダークグレイに曇っていた。
 老人にこの花の映像を見せるために使う、スクリーンや、ワタシのデータバンクから映像を抽出するためのケーブル、投影機材、その他もろもろ……。廃墟から探し出して来た機械の中で、必要不可欠な部品がたった一つ欠けていた。

「ワタシの持つアイ・センサーの中に、似た部品が見つかりましたので、それで代用致しました。ご心配には及びません。片目になってもワタシのセンサーは強力です。充分機能を果たせます」

「……わしは、こんな命令なんぞしとらんぞ」
「ワタシがこうした方が良いと判断しました。……ご不快でしたか? 本物の花ではないことがやはりご不満だったでしょうか?」
 老人は、もう一度、ヒマワリの群れ咲く映像を見詰める。その目から涙がこぼれ落ちた。

「いや、いいや。嬉しいよ。映像を見せてくれたことが、じゃない。お前さんのその 『心』 がの、どんな花よりも美しい。それがわしは嬉しいんじゃ」

 老人はワタシを抱き寄せた。ワタシを包む小さな小さな老人の背中が、急に大きく、広くなったような気がしたのが不思議だった。こっそりとスキャンしてみるが、老人の大きさは少しも変わっていなかった。小さな老人のままだった。


「ワタシの主人 (マスター)になって頂けますか?」
 もう、何度繰り返した質問だろう……。ワタシは老人にそう尋ねた。

「もう、お前さんに主人 (マスター)なぞ要らんよ。お前さんは一人で立って生きていける」
「ロボットに主人 (マスター)は不可欠です」
 老人は微笑 (わら)った。

「いいや。お前さんはさっき何と言うた? 命令しとらんと言った時じゃ」
「『ワタシがこうした方が良いと判断しました』 と申しました。そして続けて……」
「そう。それじゃ。 『自分の頭で考える』 それが<自由>ということじゃ。お前さん、ロボットには出来ん、と言うとったが、ちゃんと出来ておるんじゃないか。もう、人間や命令なんぞに縛られず、自由に生きていきなさい。お前さんにはきっとそれが出来るから……」

■09

 老人は、その後もずっと、『自由に生きろ』 と言い続けた。
 結局、老人はワタシの主人 (マスター)になってはくれなかったのだ。


 ワタシは今、老人の墓の前に来ている。センサーの助けを一切なしに、ようやく見つけ出した小さな花の苗を老人の墓に植えに来たのだ。やっと見つけ出した小さな花はワタシのデータバンクと照合しても、その名を知る事は出来なかった。小さな、みすぼらしい、名もない雑草なのだろう。白いちっぽけな花びらが5枚付いているだけの、そんな簡素な花だった。

 ワタシはそれを老人の墓に植え、そして老人の形見となった水筒で水をかける。墓には枯れ枝で作った十字架が立ててある。老人に相応 (ふさわ)しい、と感じたからだ。ワタシは老人の、あの「マリア像」と同じ微笑みをきっときっと忘れない。

「おじいさん……」
 老人と暮らす最後の頃、ワタシは老人をそう呼ぶようになっていた。それもあの老人に相応しかった。「マスター」などという称号よりも、きっとずっと。

 老人と過ごした日々は、思い返せばほんの短い期間でしかなく、老人がワタシに残したデータはこれまでの他の主人 (マスター)達や、その他のデータとは比べ物にもならないほど、小さく僅かなメモリ量にすぎない。
 それなのに、何故老人の面影はワタシのCPUの大半を埋め尽くすほどに大きな存在として感じるのだろう? 老人の言っていた<記憶>と<記録>の違いというのは、こういう意味だったのだろうか?

 それに応えてくれる人はもう居ない。


「おじいさん、ワタシにはアナタがいつもおっしゃっていた<自由>というものも、やっぱりよく解かりません。アナタがあんなにも望んでいたこの本物の花でさえ、ワタシにとってはただの<有機物の(かたまり)>です。アナタのように優しく言葉をかけてくれるものですらありません……。
 ワタシは、もう一度アナタに会いたい……」

 風が小さな花びらを揺らす。この花はここに根付くだろうか? 老人の望んだ一面の花畑をいつか作り出してくれるだろうか?

「おじいさん、ほら、日差しが輝いて、目映 (まばゆ)いですよ。きっと、もうすぐ春が来ますよ……」
 ワタシは老人に話しかける。そう。何度も、何度も、永遠に……。



 おじいさん、おじいさん……
 ねぇ……花が……


END--------------------------  老人と花とロボット




■■後書き

 何とか締め切りに滑り込み __( -"-)__セーフ!!!
……ということで、<書き込み寺企画・第4回>への参加作品でございます。  今回のテーマは2つございまして、

 :::テーマ(その1)
 …………指定された<登場人物>を使って書いてみる
   Y・シレーネ 女性 18歳
   右目がダークグレー、左目が黒。髪は薄茶、身長は低め
   小さな花屋を経営している
   性格は活発だが、現在の自分の職に満足していない

 :::テーマ(その2)…………「記憶」

 ……なんつーモノでございましタ。
「1」のテーマはタイヘン難しく、「オッドアイな花屋」という存在は、私の普段書く作品世界には登場して来てくれそうにはナイ人なんでありまして……悩みました。
 勢い、初のSF小説を書くハメになってしまいましたとサ(苦笑)。
「花屋」でなく、「花を捜す」だし、性格も「活発」って雰囲気じゃあないですねー。  まあ、そこら辺の落ち度は「2」のテーマ、「記憶」も重ねて取り入れた……って事で、勘弁してやってつかーさい。
このテーマを踏まえた上で再読なさる……というのも、また一興かと存知マスです。苦労の後がそこかしこから(にじ)んでまっせ(笑)

 元々、小説を書く上で重要極まりない筈の「世界観構築」という奴がとっても苦手なこの私。
 初めてのSFなんぞで未来世界なぞ想像できる筈もなく、なんや、我ながらよー訳分からんドームエリアが広がっております。カタカナ用語もきっと多分確実に嘘八百の羅列です。
 その辺り、あんまり虐めないでやって頂けると助かります (^^;。

 無理矢理SF仕立てにしたって割には、普段の私らしい話に仕上がっているのではないかなー? と、まあ、ちょこっとは自負もあったりしちゃうのですが、皆様は如何 (いかが)思われますでしょうか?
 感想をお待ちしております。 <(_ _)>


 宇苅つい拝

タイトル写真素材:【NOION】



 ついでに「ひと言」下さると、尚嬉し↓

↑ ランキング云々とは無縁な個人仕様。小説書きの活力源です。お名前なども入れて下さると喜ぶにょ


よければTweetもしてやってね


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