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 TOP小説ゲスト様の華麗なる世界>02

「満月の夜の電話(前編)」    えも さま 風のうまれるところ

私は走っていた。今夜を逃したら、また1ヶ月チャンスはない。 空には満月。空気は信じられないくらい澄んでいて、町のはずれのこの道は、とても静かだった。はやく声が聞きたい。それからたくさんの私の話を気いて欲しい。そして…。いつもの曲がり角をまがると、一ヶ月前の満月の夜と同じ景色が広がっていた。一つだけ違っていたのは、ここにいる私の心の中だけ。

ぼぅっと光っている電信柱の下に、一つの古ぼけた電話ボックスがある。 そのドアをあけると、私はにぎりしめていた藍色のテレフォンカードをカード挿入口に入れた。残り度数は7。もうこんなに使ってしまったんだと、少し不安になった。でも、私は電話せずにはいられない。指にしみこんだ番号をプッシュする。少しあって、呼び出し音が聞こえてきた。絶対に相手は電話に出てくれる、という確信はあるのに、心臓が飛び出しそうなほどドクンドクンといっている。やがて、受話器をとる音がした。

「もしもし…」兄さんの声だ。思わず顔に笑顔がよみがえる。「もしもし…兄さん?私。由美よ。元気だった?」「由美か…。ということは、今日は満月か。うん、僕は元気だよ。由美は?」すぅっと兄の息づかいが受話器ごしに聞こえた気がした。優しい私の兄。「うん、まぁまぁってとこかな。って言ってもいつも通り、同じ事の繰り返し。また父さんと母さんったら仲が険悪になっちゃって。間に挟まれる私の身にもなってよって感じよ。学校だって、一日行って帰ってくるだけでとっても大変なんだから。」「ははは。お前も大変なんだな」受話器の向こうでくすくす笑っている。「何よ!私は真剣に悩んでいるんだからっ!どこにいたって私は幸せに笑える事なんてないのよ!お兄ちゃんだって…分かってるんでしょ…。」

始めは怒鳴っていた自分の声が震えていた。ふっと顔をあげると、涙のしずくが一粒つうっと顔を落ちていった。私は泣いていた。どんなに悲しくても、辛くても、もう涙は出る事はないと思っていたのに。あの日、兄が私をかばって交通事故で亡くなった時に私の体の中にある全ての涙は外へ流れていったと思っていたのに。もうあれから10年が経った。あの時は、まだ小学生だった私も、今は高校生だ。その長い間に、私は涙をただの一度も流さなかった。兄が死んだその日の夜に、私は一人で町外れの方に何の当てもなく歩いていった。頭の中は真っ白、というより、色なんかなかった。透明の、何もない私の頭の中。静かな夜の道。とまりそうもない涙を無意識のうちに流しながら歩いていた。すると、暗がりの中に小さな人が立っているのに気がついた。

我に返ってよく見ると、そこに立っていたのは死んだはずの兄だった。兄はこっちに来いと手招きをして、私に藍色のテレフォンカードを差し出した。そして、夜空を見上げて、こう言った。「由美。ごめんな。そんなに泣かなくていいんだよ。でも、僕はもうここにはいられないんだ。そう言うと、お前は悲しむだろう。そんな時は、このカードで僕に電話をしておいで。少しだけ、兄ちゃんが話をきいてあげるから。」「電話…?」「そうだ、電話。分かるだろう?離れている人と、話ができる電話だよ。由美もよく友達のゆり子ちゃんに電話をしたりするだろう。それと一緒だ。満月の夜にだけ、この先に一つの電話ボックスが現れる。その時に、このカードで電話をしておいで。お兄ちゃんはこれから遠く離れた所にいかなくちゃいけない。でも声だけだったら、この電話を使えば、離れていても聞くことができるからさ。」そう言うと兄はいつの間にか私の前からいなくなってしまった。





満月の夜の電話(後編)

私は、幼いながらに兄が死んでしまった事と、この不思議な電話の存在を理解した。それからというもの、私は満月の夜が来るたびに、こうしてこの電話ボックスに兄に電話をかけに来ていたのだ。その電話が私の生きる原動力だった。兄の声を聞いて、私は生きてこれたようなものだった。兄が死んでしまった時に、悲しくて悲しくてしかたがないのに、おなかがすいて、ご飯を食べている自分がいる。それがとても許せなかった。いつか自分が兄の事を忘れてしまう日がくるのではないかと不安になったりした。だから、こうして一月に一回兄に電話をかけていたのだ。でも、今、カード残り度数は1にさしかかっていた。ついに長い間恐れていた事がおこってしまうんだ。兄に電話が出来なくなる…。「お兄ちゃん…。」

ピーッ、ピーッという音が受話器から聞こえてきた。もう本当に電話が終わってしまう。どうしよう。お兄ちゃんと、もう話をする事もできなくなってしまうんだ。すると…。電話の向こうから兄の優しい声が聞こえてきた。私を包み込むような、優しい優しい声で。「電話もできなくなる時がついに来ちゃったんだね。でも、大丈夫なんだよ。由美。この電話は、由美が離れているお兄ちゃんの事を忘れないように、神様に無理を言って作ってもらったんだよ。でも、この電話はもう必要ないんだ。電話は離れている相手とするものだろう?でもお兄ちゃんはもう由美から離れることはないから。いつもそばにいる相手に、わざわざ電話をする必要なんてないからね。」「お兄ちゃん……。」

なんだか胸の中がきゅうっとあつくなった。兄は死んでしまったけど、私の心の中には今まで毎日いて、笑っていたんだ。それを、兄は私に教えたかったんだ。そう思った。「ありがとう…。」優しい兄の声が最後に受話器ごしに聞こえると、電話は切れた。電話のカード返却口から、とても優しい青空の色をしたカードが一枚出てきた。

作者サマからの一言

ぴ〜しゅけさんの作る素敵なお話が私にも作れたらいいなと思って最近になってお話を書くようになりました。私は少し不思議なことが好きです。このお話にも少し不思議な電話を作ってみました。初めてなもので、とっても拙いものですが、心をこめて書きましたので。。読んでいただけると私はすごくうれしいです。



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