第1話
「 とんだヒーロー 」
■■1
味噌汁の実の大根を刻みながら、私は居間でTVを観ている弟に声をかけた。
「ほら、太郎。もうご飯だって言ってるでしょ? お膳の上、片付けなさい!」
「……はぁ〜〜〜い」
太郎がまだ遊び足りなさそうに、グズグズおもちゃを片付け始める。
そんなにウルトラマン人形って魅力的か? せめてガンダムで遊べよ! ガンダムで。
”臨時ニュースをお伝えします。宇宙怪獣・ポテイドンが東京湾岸に突如現れ、街が襲われています”
つけっ放しだったTVがそう告げた。またか。パパの帰りは今日も遅くなる事に決定だ。
お味噌汁と卵チャーハンの夕飯は、本日も姉弟二人で寂しく食べるコトにしよう。
”ああー! ウルトラマンだ! 我らがウルトラマンの登場です! 戦え! 僕らのウルトラマンっっ!!!”
「あ、お姉ちゃん、パパだよ! マッハの速度で飛んで来たよ!」
「ここ一週間ばかり怪獣たちが大人しかったから、パパも張り切ってんじゃないのー?」
私はTVを横目に、出来上がったお味噌汁をお椀によそう。
ポテイドンにウルトラマンの繰り出した強烈なエルボーが決まった。太郎が画面の前で拍手している。
■
多分、恐らく、確実に。一笑に伏してしまわれるだろうと思われるが。今現在、TV画面の中で宇宙怪獣と戦っている赤白ツートンカラーの巨大ヒーロー。アレは私のパパだ。
私・宇留寅花子の父親は<ウルトラマン>を生業
あ……。『生業』っていうのはオカシイか。だって、それでお給料貰ってるワケじゃあナイもんね。
シュワッチ! と突如彗星の如く現れて、凶悪な宇宙怪獣どもに立ち向かい、見事勝利を収めたら、またシュワッチ! とドコへともなく去っていく。
ニヒルなヒーロー・ウルトラマンに変身する宇留寅万作は、今を去ること一五年前、自分がウルトラマンであることが地球人にバレてしまったので、M78星雲コスモ法第107条により、故郷へ戻れなくなってしまった。そんでもって、当時、科学警備隊の紅一点だった母・美佐恵
「パパー ガンバレー! 怪獣なんかやっつけろー!」
いいよ。頑張らなくっても。どうせ残業手当も出ないんだからさ。……ってか、基本給すらナイんだけど。
私は心の中でそう思う。ボランティアで昼夜を問わず『ウルトラマン業』に励んでるパパを大黒柱とする我が家の家計は、毎月々々火の車である。三年前、ママがパパに愛そうを尽かして出て行ってからは、私が主婦代わりに家計の切り盛りから家事全般まで、全てを賄っているのである。
怪獣倒す以外にはてんで無能な生活IQゼロのパパに、ママが愛そう尽かしても当然だとは思うけど、私だってまだ中学二年生。父親にしっかりして欲しいと思うのだ。母親は子育て放棄しやがって、何処さ行った? と思うのだ。
大体、パパったら、なんで科学警備隊辞めちゃうかなぁ? 親切な藤城建設の社長さんが、パパを土方として雇ってくれてなかったら、今頃はどうなっていたんだか。親子三人、路頭に迷っていたに違いない。橋のたもとでムシロを巻いて座っていたんじゃなかろうか。ああ、正義のヒーロー・ウルトラマンともあろうモノが、妻子すらマトモに養えないなんて情けない。とても他人様
とにかく、人生設計が甘いのよね。名門・コスモアカデミー卒かなんか知らないけど、そんなん、地球のハローワークではなんの意味もナイっちゅーの。「特技」の欄に「スペシューム光線」って書かれてるパパの履歴書見た時には、クラクラしちゃった。……ママが出て行っちゃったのも、ホント。ムリはないよねぇ。
”出たーっっ! 必殺技・スペシューム光線! ポテイドン、ノックアウトかぁー?”
「やったー! パパ、カッコイイ〜!」
無邪気にはしゃぐ弟に、ちゃんと正座して食べなさい と注意しながら。
私は、スペシューム光線なんか発射しちゃう父親よりも、きちんとお給料袋を持って来てくれる父親の方が欲しかったなぁ〜 と、なんだか情けなく思っていた。
■■2
キンコンカーン。
終礼の鐘が鳴って、私は急いで帰り支度を始める。
今日は早く帰らなくっちゃ。弟の太郎がおねしょしちゃったお布団を外に干しているんである。日没前に取り込まなくちゃいけない。お掃除だってもう三日もしてないし、そろそろ冷蔵庫の中身も乏しくなってて……。
「はあああ〜」
最近、ため息ばかりがこぼれる。
本来ならば、元気と若さがあふれ出す、中学二年の女の子だってゆーのに、ちっとも毎日が楽しくない。三年前のママの失踪から、私の生活は一変した。
"12,13,14と私の人生暗かった〜♪"
まさしく古き歌の如し。元歌は15,16,17だっけ? 私よりもババアよね。
「花ちゃーん、帰りにマック寄らない?」
走ってきたのは、親友の田中陽子
「あのね、誕生日にさ、あのマフラーあげたらね、お父さんってばすっごい喜んじゃって、お小遣いフンパツしてくれたのよ。だから、お礼に花ちゃんに奢ってあげようと思って」
えへへー と笑うヨーコ。
マフラーの編み方は私がヨーコに教えてあげた。というか、3分の2くらいは私が編んだ。もう絶対間に合わないってベソかくヨーコと、お昼休みの音楽室で。
「そっかー。おじさんに喜んでもらえたのか。良かったね、ヨーコ」
ヨーコのお父さんはごく普通のサラリーマンで、毎日会社に背広・ネクタイで通っていて、<普通のお父さん>って感じですっごくステキだと思う。
「行ってきます」 とか、「行ってくるよ」 とか言って仕事に出て行くお父さんが、やっぱイイ。
「シュワッチ!」 って出て行く父親なんて最低だ。
「マックかぁ〜。でも今日はなぁ〜……」
「あ〜ら、正義の味方のお嬢さんが、学校帰りに買い食いのご相談?」
背後から響いた甲高い声に、私はピクッと引きつった。嫌味ったらしいこの物言いは……
出たな! 妖怪・六条光子!!
「別にマックくらい何だってのよ。誰だって皆行ってるでしょ?」
「あ〜ら、ワタクシはそんな下賎なもの、食べませんわ。ウチにはコックもパティシエも一流の者がおりますもの。最近入った新しいコックはフランスの三つ星レストランから引き抜いてきた超一流コックですのよ」
オッホホ……と、片手を口の辺りに寄せて高笑いする。指の動きにシナをつけるな。小指を一本立てるのもやめい! 芝居掛かりすぎてて薄ら寒い。この女はマンガから抜け出したお笑いキャラか?
「あっそ。それでかぁ。六条さんったら、最近お太りあそばしたんじゃないかと思ってたのよ。美食もほどほどになさいませ。行こ、ヨーコ」
妖怪女・六条が キーーーッ!! と湯気立てて怒っていたが、知ったコトか。私はさっさとその場を立ち去ることにした。
■
「六条さんってば、毎度毎度花ちゃんにつっかかって来るねー」
「内閣危機管理局局長の娘だか何だか知らないけど、何なのかしらね。あの縦巻きロール女は」
私のため息の原因は、何も家事や弟の世話だけじゃない。あの妖怪女ともう一人……。
「きっと、宇留寅さんのお父さんがカッコいいヒーローだって事が気に入らないんだよ」
「あ、飯星君」
「ヨーコ、止まるな。さっさと帰ろう。馬鹿がうつる」
この阿呆なおちゃらけ男・飯星健一の所為なのだ。私はヨーコの手を引っ張って、歩調を早める。
「私、六条さんが花ちゃんを目の敵にするのは、花ちゃんがクラスの人気者だからだと思うなぁ」
「別に、人気者じゃあナイし。……どっちかっていうと、煙たがられてるんじゃない?」
私のパパってホントのホントに特殊だもん。つまりは、その娘の私もサ……。
「そんなコトないよ。花ちゃんアネゴ肌だし、面倒見良くて、優しいしー」
それに、すっごい可愛いもん。私、花ちゃんの親友で自慢ー♪
ヨーコが「えっへー」と笑った。うっ。ヨーコってば、かわいい。かわい過ぎ。抱きしめてプニプニほっぺに頬ずりしたい。貴女は私の春風。一抹の清涼剤。
「宇留寅さん、先週もお父さん大活躍だったね。何時になったらお父さんのサイン、貰ってきてもらえるのかな?」
飯星の奴が、早足になった私たちにすぐに追いついてくる。横に並んで歩くな、ゴラァ〜。
「アンタねぇ、中二にもなってウルトラマンかぶれも大概にしてよ。ガンダム観なさいよ、ガンダムを!!」
「宇留寅さんこそ、どうしてガンダム・ファンなの?」
「だって、ガンダムにはカッコいいシャア様が出てくるわ! ストーリーに愛があるわ!」
「君のお父さんだって、充分カッコいいし、愛が満ち溢れてると思うけどな。第一、ガンダムは架空の話だろ? ウルトラマンは現実に存在するワケだし……」
「そこがモンダイなんじゃない! 馬鹿!」
ヒーロー・コンプレックス女だの、ヒーローかぶれ男だの。
あああああ〜〜〜!
こんな奴らの居る学校なんて、もうイヤだ〜〜〜!!!
アレもコレもソレも全部、ぜ〜んぶ、パパが悪い。今日、仕事から帰ったらエルボー喰らわしてやる。
私は、ポテイドンにバッチリ決まってたあのエルボーを思い出しながら、頭の中で何度も肘突きの練習をした。
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