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 TOP小説さくらばわくらば>「10.花火」

さくらばわくらば
「 10.花火 」
さくらばわくらば

「今夜、河童川で花火が上がります。観に行きましょう」
 おっしょさんに導かれて、近所の川を遡った。おっしょさんの提灯が揺れて足下を照らしている。随分行って草が深くなってきた。足を動かす度になにかしらの虫がまろび出て、ちょっとだけ鳴いて、また草の影に隠れる。わたしは虫がコワイので大きなのや刺す虫が出てきたらどうしようと、おっしょさんになるべくくっついて歩いている。
「最近はいかがです」
「代わり映えしません」
「というと?」
「お仕事行って、食べて寝て、母にお小言を言われて」
 わたしはぼつぼつと話す。
「夢の中では彼の中指を追いかけたりしています」
「彼は息災ですか」
「はぁ、達者にしています」
 達者な彼とも忙しさにかまけてしばらく会えていない。淋しいことだ。彼と中指や人差し指や全ての指を搦めて過ごしたいと思うのに。彼にも仕事があってわたしにもあって、彼には家族が在ってわたしにもあって、なかなかいろいろ難しい。

「……や」とおっしょさんが声を上げた。
「これはしたり。道に迷ってしまいました」
 え、と思う。 「迷うもなにも、ずっと川沿いを来ましたよ」
「同じ川沿いでも人間の通る道と河童道は違います。貴女、迷いましたね」
 ええ、と思う。だって、わたしはおっしょさんの後をずっと歩いてきたんだのに。
「心に憂いがあるといけないのです。河童道はまっすぐ目指して歩まないと」
 そう言われてしゅんとする。心細さが少し増した。

「まぁ、そういうときも御座いましょうか」
 おっしょさんに促されて河童橋に出た。
「今宵は裏側からしか見られませんが、それもまた一興」
 おっしょさんが提灯の明かりをふっと吹き消して川面を指差す。水面にひょうと花火が上がってそして弾けた。あわてて空を見上げてもシンとしている。でも、水面では沢山の花火が上がっては弾けている。音のない花火だった。緑色と薄いピンクのなんだか不思議な、でも美しい花火だった。

「河童の宴には出向けませんでしたが、またそれは後日」
後日。ということは次があるのだ。わたしはおっしょさんに感謝した。水面に映る緑色の花火をずっと見ていた。


タイトル写真素材:【clef】

 END--------------------------  10.花火






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