さくらばわくらば
「 07.帽子 」
「帽子花の咲いとうね」
おばあちゃんが言った。おばあちゃんとはあまり親しくしたことがないが、この時は何だったのだろう。連れだって近所の仏舎利塔に登ったのだ。母はいなかった。二人きりだった。道が険しかったというのでなく、おばあちゃんと二人きりなのがわたしをどきどきさせていた。
「え、なに?」
おばあちゃんが道ばたから雑草を二本手折った。「んっ」と渡される。青い花弁の二枚ついた知っている花だった。母が名前を教えてくれた花だ。
「ツユクサ?」
「帽子花ともいう」
「へぇー」
道ばたの雑草が二つも名前を持っていることにわたしは素直に驚いた。
「帽子って被る帽子? どこが帽子?」
「帽子に似とろが」
「あ、うん」有無を言わせぬ口調に思わず頷いてしまったが、小さな私には(今のわたしにも)ツユクサの花は帽子に似ては見えなかった。どちらかというと立てた羽を擦り合わせて鳴く秋の鈴虫に似ていた。合点がいかなかったが、昔の人の帽子は青い色が多かったのだろう、と思うことで勝手に折り合いを付けておいた。
着いた仏舎利塔は変わった建物だった。白い丸に金色の大きな螺旋の角が一本生えている。中には金ぴかの仏様が安置されていて、なんだか不思議な光景だった。
「お祈りはしないの?」
「せんでよか」
高台なので街が小さく見下ろせる。沢山の家々が密集している。坂の上の方まで家々は侵食していた。王様を落とそうと迫る駒に似ていた。そんな風景をおばあちゃんと二人、しばらく見ていた。
ツユクサが帽子花の他に鴨跖草や青花、蛍草とも呼ばれることを随分後になってわたしは知った。もうおばあちゃんが亡くなってしまった後だった。
タイトル写真素材:【clef】
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