さくらばわくらば
「 05.土産 」
まゆらとじんじろ君に会いに行く。まゆらは高校からの友人で、友人になったきっかけは名前だった。まゆらの名前は繭良と書くのだ。「繭」。虫の字が入る。私は名簿を渡された時、「その手があったか」と割にマジで思った。「まゆ」なら音的に普通だし同じ虫繋がりでも「虻」とは違う。もう絶対。でも本人は「字画が多くて書くのがメンドウだから大嫌い」なんだそうで。だから、わたしはいつもまゆらをひらがなで呼ぶ。「だけど、あんたの名前よりかはずぅっとマシ。あんたの名前ヒドすぎ」ともまゆらは言う。まゆらはわたしをカタカナで呼ぶ。だから、わたしはまゆらと友達になった。ずばりと言ってくれるのでそれが心地よいのだ。
「お土産何にしようか?」とメールを打つと「ケンタッキー」と即座に返ってきた。ずばり、直球。迷いなし。「じろが迎えに行くって。駅まで」というメールも来る。じろ、じんじろ、陣二朗。三段活用みたいな名前はまゆらの彼氏だ。まゆら達のアパートは長い坂の上にある。前にまゆら宅を訪問した時、季節柄だったのかわたしは喘息の発作を起こした。滅多に発作は出ないので吸入器は持ち歩いていなかった。ひゅーひゅーとまゆらの部屋の壁にもたれて座り込んでいるのをじんじろ君はおろおろ心配してくれた。「布団ひこうか?」「水、持ってこようか?」わたしの前で立ったり座ったり往復したり、かまびすしい。
「あー、もうじろ、うるさい!」まゆらがとうとう吠えた。
「ほっといてあげなさいよ。喘息は横になるとよほど苦しいの。水が欲しけりゃ、アブは自分の口でちゃんと言えるの。アブは今病気と孤独に闘ってるの。邪魔しないであげなさい」
孤独に闘ってる。まゆら、いいこと言うなぁとひゅーひゅー喘ぎながら思った。「大丈夫だから」や「心配掛けてごめんね」を言わずに済む。病気なのに病気の人がわざわざ謝罪の言葉を口にしなければならない成り行きをわたしはつねづね宜しく思っていなかった。そうだ。果敢に一人敵に立ち向かっているのだから心置きなく無心に闘わせて欲しいのだ。じんじろ君はまゆらの言葉に一時黙ったが、しばらくして「フレー、フレー」と小さく一回だけ応援してくれた。
迎えの車の中でケンタッキーの匂いは強く充満した。
「うぉー、腹減るなぁ」とじんじろ君。
「容赦ない臭いだよね」とまゆら。
「うん。あと、海辺の焼きそばの匂いとか、ショッピングモールでの甘い匂いとか」
後部座席からわたしも応じる。膝の上に載せた箱から熱がほのかにつたってくる。
土産っていいなぁ。わたしはふとそう思う。待っていてくれる人がいるから土産を買うのだ。帰りにも土産を買おうかな、と思い立つ。一つは母に。一つは猫に。
タイトル写真素材:【clef】
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