幸福童話: 赤ずきんちゃん編 作・宇苅つい |
■第一幕
--あるところに、赤ずきんちゃんというとても可愛らしい男の子がいました。
ある日、赤ずきんちゃんはお母さんにお遣いを頼まれました。
「赤ずきんや、森のおばあさんの所に行って、美味しいお菓子やご馳走を貰ってきて頂戴」
「……あれ? それって逆じゃない?『病気のおばあさんのお見舞いにご馳走を持って行く』が本当じゃないの? 僕が子どもの頃に読んで貰った童話には、そう書いてあったけど」
「わたしはお料理がヘタなんです。ご存知でしょう、白野様〜。もう食べるものが何もナイんです〜」
前回『シンデレラ編』に引き続き、今回も何故かお母さん役の小鳥がシクシク泣いて訴えます。
「あ、泣かないで、小鳥ちゃん。分かった。何か食べ物を分けて貰ってくるからね」
白野、もとい、赤ずきんちゃんはそう言うと、森のおばあさんのお家に向かって歩き出しました。たまにはお目付役の居ない一人歩きも良いものです。道の途中で、鉄砲を抱えたダグラス刑事に会いました。
「こんにちは、ダグラス刑事。随分厳重な警備体制だね。今日は何の捕り物なの?」
「おう、狡猾で老獪で陰険で腹黒くて根性のねじくれ曲がった凶悪オオカミが逃げ出したんだ」
「……何となく、もう、この話のオチが見えてきたなぁ、僕」
「オオカミはヒツジの皮を被って逃走中だ」
「その駄洒落、ゼンゼン巧くないと思うよ」
「うっせえな。だが、まあ安心しろ。クソッタレのオオカミなんぞ、この俺様がギッタギッタにしてやるからな。お前も気を付けて行くんだぞ」
「うん、分かったよ。ダグラス刑事」
赤ずきんちゃんは、ダグラス刑事に手を振って、また歩き出しました。
「何か、私怨があるっぽいな……」
と、思いましたが、どうでもよいことなので、すぐに忘れてしまいました。
■第二幕
--そして、赤ずきんちゃんは、やっと森の奥のおばあさんのお家にたどり着きました。
おばあさんは、ベットの中でお布団を被って寝ています。
さて。ここからがこの物語の決め所です。山場です。聞かせ所の正念場です。赤ずきんちゃんは、作者から渡されていたカンペをポケットから取り出すと、大きな声で読み上げ始めました。
「おばあさんのお耳はどうしてそんなに大きいの?」
「貴方様のお声をしっかりと聞くためですよ」
妙に言葉遣いの遜ったおばあさんが答えます。
「おばあさんのお目々はどうしてそんなに大きいの?」
「貴方様をしっかりと見つめるためですよ」
「じゃあ、おばあさんの……」
そこで、赤ずきんちゃんは、一旦言葉を切りました。
「朱里。お前、目が血走ってて怖いよ。ホントのオオカミみたいだよ」
「……すみません。我ながら余りにハマリ役過ぎて、つい自分を見失いそうになりました」
きっと、お布団を被っていた所為でしょう。うっすらと汗ばんだ様子で、オオカミ役の朱里が答えます。
「白野様。この先の台詞と展開は、微妙にマズイ気がするのですが……」
そう懸念する朱里を余所に、白野は、のほほんとこう言いました。
「オオカミの台詞って、普段の朱里とあんまり変わらないよね。
それで、この後の台詞を言うと、成り行き上、僕はお前に美味しく食べられちゃうのかなぁ?」
朱里オオカミは、がっくりと肩を落としました。何だか微かに震えています。
「……だから。そういうのは、一部の誤解と煩悩を招きそうなので、止めにしておきましょうよ、と〜」
「何で涙声になってるの?」
「勘弁して下さいよ」
■第二幕(仕切り直し)
--オオカミと赤ずきんちゃんは、その後二人で相談をしました。
そして、台本の一部を書き変えました。やり直しです。
「おばあさんのお耳はどうしてそんなに大きいの?」
「貴方様のお声をしっかりと聞くためですよ」
「おばあさんのお目々はどうしてそんなに大きいの?」
「貴方様をしっかりと見つめるためですよ」
「じゃあ、おばあさんのお口はどうしてそんなに大きいの?」
「それは、こんな阿呆な話を書く作者に文句を言うためですよ!!!」
そして、作者は怒れる朱里さんにボタボタに殴られた、ということです。
-おしまい-
--キャスティング--
赤ずきんちゃん=白野
お母さん=小鳥
猟師 刑事=ダグラス
オオカミ=朱里