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 TOP小説幸福画廊>第3.5話

幸福画廊




小編   「 大いなる不安 」

■■

「【幸福画廊】へようこそ」

 優しい陽光が、ガラス窓を通して差し込んでいる。
 壁という壁に絵が飾られた、不思議な館の一室で。小鳥は改めて、執事の朱里にそう言われた。

 J・E・アイヒマン(※作者注:第3話の依頼人)のアパルトマンから館に戻ると。白野はさっさと自室に戻って行ってしまった。『後の事はよきにはからえ』 つまりはそういう事である。そして、朱里は白野の<忠実なる>召使いなのだった。

「白野様がお決めになった以上、貴女は本日より当家のメイドです。住み込みを希望との事でしたね?」
「ハ、ハイ。はい。そうです。その通りです、はい。」
「『はい』は一度でよろしい。……そうですね。先ずは館を案内しましょうか」 そう言うと、先に立って歩き始める。

「……1階には大広間。応接室。階段を挟んで食堂と厨房があります。その奥がメイド部屋です」
「あ……じゃあ、わたしはそこに?」
 長身の朱里の歩調は早い。付いて行くのに息が切れる。
「いえ。この部屋は雨漏りがひどいですから。廃墟の一歩手前です」
 促されて中を見る。なるほど。とても人の住める状態ではない。
「修理とか……しないの?」
「これまでは必要を感じませんでしたので」
「………」

 どうやら……と小鳥は思う。どうやら、この朱里という執事は、わたしがこの館に入るのを快く思っていないらしい。

■■

 【幸福画廊】
 その画廊の絵を見ると、人は幸せになるのだと言う。
 これまでに味わったことのないような幸福感を得るのだと言う。
 その絵を手に入れる為に世の金持達はこぞって大金を積むのだと言う。
 全財産を叩いても、惜しくないほどの幸福がその絵の中にはあるのだと言う。

 誰もが一度は耳にし、けれど、その大半がおとぎ話だと思う【幸福画廊】の摩訶不思議……。
 わたしは、計らずもその不思議の一端を目の当たりにしたんだけれど。そして、その不思議に惹かれて、ここまでやって来たんだけれど……。

 何だか急に冷たくなった朱里の態度に、小鳥は心細くなってきていた。折角決まった就職先の直属上司がコレでは。全く先が思いやられる。

「2階は南の奥が白野様の寝室。続きの間をアトリエとしてお使いになっていらっしゃいます。私の私室は階段前のこの部屋。残りはほとんどが客室です。それぞれの部屋にバスルームも付いていますから、気に入った部屋をどれでも使って貰って構いません」
「どれでも?」
「ええ。どの部屋も作りに大差はありません。但し、白野様は繊細な方ですから、静寂を好まれます。2・3室離れた部屋の方がいいですね。貴女はガサツそうだ」

 ふっと笑う男の顔にカチンときた。目もとの涼しさがまたムカつく。が、ここは「忍」の一文字である。「気をつけます」と頭をさげた。
 考えた末、朱里の私室と間を1つ空けた部屋を選ぶ。反対端の部屋……とも思ったが、これだけ広い館だと、あまり「ポツネン」と孤立するのもイヤなものだ。

■■

 新しいシーツや枕カバーなど、手渡してくれながら、朱里が唐突にこう言い出した。
「ところで、小鳥さん。貴女は『男所帯に女が一人』という現状をきちんと認識出来ていますか?」
「へ?」
「若く、健康な男2人と、若く、まあ…十人並みな容姿の女が1人。狼の群れに放たれた子羊としての自分の立場をきちんと把握しているんですか? と尋ねているのですよ」
 朱里がにっこりと微笑む。その笑み加減が……な、なんか怖い。

「当館は、築は古うございますが、頑丈な作りです。加えて庭も広い。貴女がどんなに喚こうと叫ぼうと、決して外には聞こえないでしょうねぇ。」
「……え? え?」
「まあ、そういう覚悟を決めた上で当家に入ったと言うのなら、私の方も遠慮なく……」
「きゃぁぁぁ〜 イッヤ〜〜〜〜」
 伸ばされる腕に、小鳥は思わずシーツを放り投げてしゃがみ込んでしまう。涼やかで凛とした、美しい声音が響いたのはその時だ。

「お止めよ、朱里」
 線の細い少女めいた顔立ちと、それを縁取る栗色の巻き毛。何時からそこに居たのだろう? この館の主・白野が、ドアの前に立っている。
「大丈夫だよ、小鳥ちゃん。朱里は女性に興味ナイから」
「……各方面に誤解を招きそうな台詞はお止め下さい、白野様」
 そう渋面を作る長身の召使いを、ちょっと首を傾けるようにして見上げると、白野は自分の言葉を訂正した。

「……ってゆーか、朱里は人間に興味がないんだよ。からかってるだけなんだ。安心して」
 これでいい? という風に上目遣いに目で問いかけて、その後、小さなため息をつく。じゃあ、と、片手を軽く揺らめかせ、そのまま部屋を出て行ってしまった。

 クスクス……と朱里が笑っている。小鳥が放り出したシーツを床から拾い上げると、「後で新しい物を出しておきます」 と残して、こちらも静かに立ち去った。


一人取り残された小鳥はと言うと、【幸福画廊】でのこれからの日々に、大いなる不安を感じるのだった。






■■後書き

 ウチが主催しております<書き込み寺メールマガジン>用に書き下ろしたお話でアリマス。「外伝」を、との但し書き付きでしたので、そのように。
 っつーか、あんま外伝らしくナイですが、コレが私の精一杯。
 メルマガが無事発行されましたので、こちらにもUPとなりました。

 4話より前に書いてたんですけど、4話の寺企画締め切りの方が早かったので、発表の順番が前後致しました。まあ、何せ外伝。在っても無くても良さそうな話に仕上がっております。……って、そんなコタ威張って言っちゃあイカンですカ?(苦笑)

制限文字数2000字ってコトで、なんてことない話ですが、遊び心むき出しにて書きました。お読み頂けると嬉しいです。

宇苅つい拝

タイトル写真素材:【m-style】



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