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194 母が娘を猫扱いしていた話
2009年12月03日(木)

「思い出」というカテゴリーを作ってみた。(注:ブログ止めたのでこのカテゴリーも廃止)記念すべき(?)第一話を「母が娘を猫扱いしていた話」にする。くれぐれも「母が娘を猫可愛がりしていた話」と間違えてはいけない。「猫扱い」した話である。

幼少期住んでいたアパートは鍵がオートロックであった。ほら、あのホテルなんぞにあるドアを閉めたら自動的に勝手に施錠されちゃうアレである。一見便利なようであるが、これが我が家となると不都合この上なかった。何故かというと、外出時に母が鍵を持って出るのを忘れるのだ。しかも、それはもう頻々と。

鍵がないと当然家には入れない。そうすっと母はどうするか? 大家に合い鍵を借りに行く? 父が仕事から帰るのを待つ? そういう手数を母は嫌った。ところで、アパートのトイレは玄関横に面していた。そしてトイレの床に近い壁には横に細長い換気用の窓があり、そこの鍵だけはいつも開けっ放しであった。‥‥ そう。ここまで書けばお分かりであろう。母は猫が出入りするようなその小さな窓から幼い私を押し込んで、しかる後に玄関に回らせ、鍵をあけさせなんとする凄いアイデアを思いついてしまったのだった。

最初のうちは私もまぁ、ちょっとした冒険をしているような、親の役に立てて嬉しいような、そんな気分で窓に潜った。しかし、母があまりにしょっちゅう鍵を忘れてくれるものでだんだんイヤになって来た。母が買い物帰りに玄関の前で財布を探り、
「ありゃ?」
と言うのが恐怖であった。「ありゃ?」の後には確実に「まぁた忘れた」が来るのである。そして私をじっと見るのである。こっち見んな! なひとときである。それでも、どの道潜らねばならぬ。でないと家に入れない。くぐり抜けた回数だけ私は窓くぐりが巧くなっていたようである。初回、母の手を借りて入った窓に自力でするりと入り込めた。

「わー、ついちゃん、エラかね。猫のごたる」
母も悪いとは思うらしく、小さな娘に一生懸命お愛想を言うのである。
「でも、猫よりずっと賢かね。鍵ば開けてくれるとやもんね」
更にお愛想は続くのである。今、書いていてつくつくと考えるに、これってお愛想か? と疑問だガ。

しかし、そんな日々にも終焉が来た。なんとなれば、私が育って窓に入らなくなっちゃった。
冬であった。何故季節まで詳細に覚えているかというと、窓に入らぬ我が身を極限まで薄くするため、着ていたコートを脱いだからだ。セーターだって脱いだと思う。寒かった。なんとしても窓入りを遂げねばならなかった。しかし、どうしても入らない。子供は育つものなのだ。子供の成長は早いのだ。あきらめて窓から離れようとした私の尻をぐいっと力強く押す手があった。

「入るよ、ついちゃん。入る入る」
寒風吹きさらす中、母も必死だったのだと思う。ちらと後ろを振り返ったら般若のような顔をして私をトイレ窓にねじ込もうとしていた。
「無理って、お母さーん。ムリー」
「ついちゃん、猫はね、頭の入れば体も絶対入るとよ。もう頭は入っとるけん、大丈夫! 入るって!」
ぐいぐい押された。つっかえた肩は痛いし、ほっぺたはトイレの床タイルにべったり擦りつけられて冷たかった。母は掃除好きだったので特に汚くはないのだが、やっぱり心情的にトイレの床に頬をつけるのは苦痛だった。泣きそうになった。

「猫じゃなかもん。ついは猫じゃなかー!」
どうやって入ったんだか、とにかく育った体をようやっと押し込んで玄関の鍵をあけ、母を家に入れた時の私の第一声である。ありゃあ魂の叫びであったと思っている。胸打つナニかがあったのカ、それとももう流石に次回はナイと悟ったカ。
その後、母が鍵を忘れることは二度となかった。

大人になった今も、母とその話をする時がある。
「もう、あン時やぁ鬼のような母と思いましたヨ」と私が言い、
「子供の育つとはホント早かとよねぇ」と母がしみじみする。
「ところで、お母さん。猫は頭の大きさでなく、ヒゲの長さで体の入る大きさの穴か否かの判別をするそうですぞ。ヒゲは頭より長うござんす。つまり、あの時のお母さんの目算にはハゲシク無理があったんでは?」
母はカラカラと笑った。
「ばってん、入ったけん良かさ」
いともするりとかわされた。チクショウ、積年の恨みがネチネチ穴にはめてくれようと思うたに。本日、母が猫である。

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