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188 剥き身の千円
2009年2月2日(月)

電話口からほくほくの声がした。「どした?」と訊くと、母が「千円拾った」と言う。
遊歩道に沿ってずっと続くコンクリ塀。その上に剥き身の千円札が一枚、ぽつと置かれていたらしい。小石の重しを載せられて、北風に四隅をひらめかせていたそうだ。んで、母はそれを、
「うはは」
と笑いつつ、ちゃっちゃとガめた。ほくほくと説明されましタが、ちっとも意味がワカランぞ。

一般に金を拾うといって、十円だの五百円だの小銭はある。札の入った財布を拾うことも、まぁ、ある。
しかし、剥き身の千円札というのは珍であろう。しかも、小石の重し付きで塀の上に、とな? 「拾う」場合、「落とした」ものでなければなるまい。その千円札には明らかに人的作為の痕跡があるぞ。母よ、それはマコトに落とし物かや? そんな怪しげ不確かなモノをばチャカっと拾うんじゃありません。七十かと思ったら、アンタは一体三歳児か。

「薄気味悪いなぁ、。それは怪しげな取引の割り符じゃないの? 半分でギザギザに千切れた札じゃなかろうね?」
「お前はアホか」 と母が言い、
「確かにアホだが、アンタの遺伝じゃ」 と娘が返し。
そのうち、母が面白い推理を語り始めた。剥き身の千円・重し付きの謎についてだ。

母の想像するところ。この千円札は誰かの懐から風で飛ばされるかなんかして、遊歩道を枯葉と一緒にひらひら舞ってたのでなければ筋が通らぬ、のだそうだ。
「そこに通りかかったのが、中年おばさんの二人連れ」
と、母は断言する。
「ひどく親しい仲じゃないの。せいぜいご近所付き合いで、スーパーだかの帰りが一緒になっちゃって、仕方なし世間話しながら歩いててね。その足下に舞い込んだとよ」
「千円札?」
「決まっとるたい。おばさんの一人が拾うたさ」
見ていたように語るのである。

そして、「あら奥さん、見てよ、千円!」、「まぁ、誰が落としたとやろか?」なんて言い合って、キョロキョロ辺りを見回した挙げ句、手近の塀の上にそのお札を置いたのだ。風に飛ばされぬよう重しも載せて。「落とし主が見つけるとよかねぇ」なんて言いながら。

何故、折角拾った千円札を置いたのか? ここで先程の人物設定が生きてくる、と母の口調にも熱が篭もる。
「若い人達なら千円は置くには惜しい金額。おばさんで親しい間柄なら、得したねーって山分けさ。おばさんでもその場に居たのが三人以上なら、『折角だし奥さん貰っとけば』、『そうよ、そうよ』って風になる。わざわざ拾った物を置いていくのは、そんなに親しくはないけれど、お互いを知っていて、その人の前でたかだかの千円を拾うのに気が咎めたとよ。つまり、アレは世間体の成せる技!」

「ほほーぅ」
面白い見解だなと思った。重し千円の理屈がついたように思われる。そうかー、おばさん同士の牽制の名残か。
「んで、おばさんが一人なら、世間体も気にせずに、ちゃかちゃかっと拾うんだ、と?」
「そうさ、お金は大事にせんとね」
往年のおばさんはほくほく応える。既に夕飯の刺身に化けた由。落とし主様宛、御免下さい。

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