143 シロちゃん
2006年10月24日(火)
今度引っ越してきた社宅のベランダからは、ご近所で飼われているワンコロが見える。白い毛並みの中型犬。犬種はよく分からない。
この犬、朝と夕方に長く吠えたがる傾向があるようで、日に二回、強くその存在を主張してくれる。引っ越して二〇日ばかり経つこの頃では、ワンコロが吠え始めると、「ハイハイ、今日もいい朝ですねぇ」 トカ、「おや、もうそんな時間なんですか。じゃあ、夕餉の準備を致しましょ」 トカ、ついつい返事を返してしまう私である。
当のワンコロは返事している私の事など毛頭知りゃあしないだろう。そう思うとおかしくって、洗濯を干す時など、ベランダに出た時には必ず白い姿を探してしまう。いつでもかつでも寝そべっていて、通行人が来てもほとんど吠えない。どうも愚鈍なるシロちゃんらしい。勝手に呼び名まで付けてしまった。それにしても、何故ゆえ毎度毎度、朝夕二回吠えるのだろう? 謎ではあった。
さて。このシロちゃんが今日も朝からよく吠えた。否。普段にも増して長く長く吠え続ける。幾らなんでも吠えすぎである。最後の頃は「ワン、ワン、ワオーン」 じゃなく、「ヒィ、ヒィ、ヒィィー」 になってきた。
大丈夫か、シロちゃん。一体ナニがお前の身に起こったというのだ? その哀切極まりない鳴き方は全体どーしたというのだね!? もう小一時間は吠えてるよ。
流石に気になって、ベランダに出てみた。
シロちゃんは家の戸口に向かってずっとずぅぅっと吠え続けている。その雰囲気が尋常でない。「身も世もない」とはああいう風情だと思われる。吠えすぎで掠れた声もうら悲しく、恨めしく、そうまでしてナニを必死に訴え続けるというのか、シロちゃん。
そのうち、家の戸口が開いた。
飼い主と思われる奥さんが出てきて、エサをやると、さっさと家の中に消えてしまった。
途端に、吠えるのを止めて、エサに喰らいつくシロちゃん……。
そうか! 朝夕の吠え声はエサの催促であったのか!!!
あのもの悲しき吠え声は空腹がなさしめたものだったのだ。シロちゃんが食欲至上主義のワンコロだったとは。謎は解けた!
そして、私は悟ったのである。シロちゃんは番犬業にとても不向きなワンコロだ。だって、エサの時にしか鳴かないなんて。
……まぁ、そんなシロちゃんだけどもさ。
飼い主、さっさとエサやってやれ。気の毒だし、ウルサイ。