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140 夢で死んだ
2006年6月15日(木)

頭がわさわさとするので鬱陶しさに掻きむしると、ボトボトと虫が落ちてきた。カメムシだかコガネムシだか、そういう緑色をした類の3センチほどの甲虫である。よく、そういう種の夢を見る。

指だの鼻だのがもげてみたり、目玉が転げ落ちてみたり、はたまた虫にたかられたりする。まことに嫌な夢であるが、そこは夢らしく危機感だの悲壮感だのは薄い。ただ漠として、困ったなぁ、どう対処したもんかなぁと、毎度途方に暮れるばかりだ。

どうやら、今宵の甲虫は私の頭の中をどんどん食い荒らしていくらしかった。脳内をがさごそと這う音がする。しきりにシナプスを食んでいる。そんな気配を山と感じる。蟻に巣穴を掘られる地面というのはこんな心持ちかも知れない。よるべなく膝を抱えて丸まっていたら、母が前に立っていた。
「DDTを撒きなさい」
私の頭に白い粉が振り掛けられた。戦後、頭のシラミ取りに使われたという殺虫剤だ。母も子どもの頃掛けられたと、そう聞かされた覚えがある。それにしたって、DDTとはなんともまぁ、時代錯誤なことである。
「まんべんなく混ぜないとダメよ」 と、母が叱るので、両手で髪の毛をわしゃわしゃとかき回した。

わしゃわしゃと混ぜくっていて気づいたのだが、私の頭には無数の穴ぼこが空いていた。丁度ボーリングの球に指を突っ込むような感触で、自分の頭蓋骨にすぽすぽ指が入る。穴を探るとかなり深い。こりゃ、ほとんど中身は喰われ尽したな、と思う。

母はこれでもか、というほどDDTをまぶす。粉が穴に詰まる。鼻がムズムズとしてくる。
「お母さん、仮にも殺虫剤をです。脳みその穴にこれだけ詰めたら、私はどうなるんでしょう、大丈夫でしょうか?」
心配になって訊くと、母は新しいDDTのビニール袋を破りながら、
「もう死んでるんだから、今更大丈夫も何もないでしょうに」 と笑った。

頭を振ってみなさい、と促されてゆすってみたら、死んだ甲虫がポロポロポロポロ落ちてきた。そのうちの1匹にまだ息があって、ヒクヒクと見苦しく逃げようとするので、足で踏みつけてやった。
あ、と思う。踏みつけてプツリとした感触と共に、昔の何かがよぎって消えた。見覚えのある塀と三輪車が見えたように思う。この虫が食ったのは遠い記憶であったらしい。

「お母さん、もう大抵のことは喰われて忘れてしまいました」
そう、告白すると、
「それが死ぬってもんですよ」 と言われる。涼しい顔である。なんだい、お母さんはまだ死んでないクセに。30年私より長生きだからってエラソウに、と、心の中で歯向かってみた。先に死んでゴメンヨ、と謝ってもみた。忘れ尽して死ぬことはとても申し訳ないことだから、せめてこの後は喰われぬように守らなくては、と心に誓った。

誓った辺りで目が覚めて、生きている自分に気がついた。
なんだい、生きてやがらぁ、と毒づいてみる。とりあえず、頭に穴もないようだ。
でも、どうも。どっかに穴が空いてる気がする。

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