135 本の思い出
2006年4月20日(木)
母はよく本を読む人だが、父はというと、そうでもなかった。父が活字を追うのは新聞か囲碁の解説書だけで、小説を読んでいる姿なんか見た覚えなぞ、とんとない。
そんな父が自ら率先して、私に買い与えてくれた本がある。
私は小学生だった。父がふと、「お前、『レ・ミゼラブル』はもう読んだか?」 と訊いてきた。
私が首を振ると、じゃあ明日買ってきてやる、と言う。それってどんな本? と訊いたら、父は「アームジョウだ」と返した。
さて、その頃の私の愛読書はモーリス・ルブランの『アルセーヌルパン全集』だったのだが、その所為なんだか、この時の父の発音が悪かったんだか、幼い私は明日父が買ってきてくれるという本が「アームジョー」という男が主人公の楽しい冒険活劇である、と思いこんだ。本名は「ジョー」だけど、彼は余程腕っ節の強いハンサム・ガイなのだ。だから付いたアダナが「アームジョー」。
わくわくした。ドキドキした。ルパン様よりカッコイイ男性であったらどうしようっっと、まだ見ぬアームジョーに思いを馳せ、その夜はなかなか寝付けなかったくらいである。
で。翌日、父の買ってきてくれた『レ・ミゼラブル』。邦題は皆様もご存知の通りの『ああ無情』。
表紙に大きく刷られた邦題を見つめつつ、しばらく呆けた。気を取り直して、読んだ感想とかよりも、その時の己の呆け具合をこそ忘れられない、懐かしい一冊であったりする。