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134 壁紙新聞の想ひ出
2006年4月17日(月)

あれは、小学四年の頃か、いやさ、五年生だったカ。
クラスで五つくらいの班に分かれて、それぞれに壁紙新聞なるものを作るという授業があった。班単位で毎週作る。そして、それを廊下に貼り出す。各班には模造紙一枚と、黒、赤、青、緑の油性マジックが支給される(色鉛筆は各自で用意)。

書く内容は自由である。クラスで起こった珍騒動や、何かの学術的発見、みんなでぜひとも考えて欲しい議題など、それぞれに知恵を絞って案を出した。他の班よりも面白い新聞を作ろうと、躍起になって頑張ったものだ。たかが子供の作る新聞と侮るなかれ。その奥は深い。絵の上手い子は記事の内容に合った絵を描く。字の上手いものは記事を美しく清書する。記事の内容は勿論のこと、その配置、読者の読みやすい段組、色彩など、考え出すとキリがなかった。私達は大きな白い模造紙を埋める作業に没頭した。

そんな風で、まさに完璧な仕上がりの筈だったのだ。
が。作業終盤。私達の班の新聞に困った事態が発生する。中段の左端に空白が残ってしまったのだ。もう一つ記事を追加するにはちと足りない。しかし、イラストで穴埋めするにはどうにもデカ過ぎるビミョーな空欄。全体的な構成を見誤ったためのミスであるが、なにせ、子どものやる事なのだ。いかにもありがちなミスではあった。

そこだけ、ポッカリと残された白地を眺めつつ、私達は大いに悩んだ。記事は無理だし、イラストもダメだ。さて、それならナニを埋める? タイムリミットは刻々と迫る。例えば、標語なんか五つくらい納まりそうなサイズだが、その標語を思いつくヒマがない。
「どうする、ぴーしゅけ?」
と、誰だったかが私に問うた。そういう難問を私にフルこと自体、大いに間違っているのだが、何故かみんなが私を見た。ああ、困った、時間がない。あと数分で給食だ。メシ時に食い込むのは是が非でも避けたい。
私はおもむろにマジックを持ち、空欄を四角く枠で囲うと、そこに、

「らくがき帳」
と大きく書いた。その横に小さく、「ご自由にお使い下さい」とも書いた。
他の子が、「おぉ〜」と感嘆の声を漏らした。非難の呻きだったかもしれん。


が。である。なんとなんと。コレがクラス中に大いにウケタ。みんながこぞって、らくがき欄を埋めに掛かった。イラストだの、相合い傘だの、吹き出し入りの文字だので好き勝手に埋めまくって、その週の人気投票で我が班の新聞は堂々の一位に輝いたのだった。流石は子どもの集団である。なんともはや奥が深い。

翌週は、「らくがき帳の欄が小さすぎる」と生徒達から苦情が出たので、倍の大きさにした。
その次も、「まだまだ足りない!」とのお叱りであったので、更に枠を広げてやった。大体が、ナニに付けてもコレに限った。週を重ねる毎に、思いつく記事の数が減ってくるのは当然であるし、段々新鮮みが薄れ、新聞を作る作業が億劫になってくるのも必然である。らくがき帳のお陰で、労もなく、我が班は人気を独占し続けた。おお、なんというシュバらしき日々。

感心なことに、各班とも、それぞれの班の目玉アイデアを盗むことはしなかった。余所の班はらくがき帳を作らず、我が班も他の班で人気のなぞなぞコーナーを決して真似たりはしなかった。そうして、各班の新聞は回を重ねる毎に、どんどん人気コーナーが肥大していき、我が班のらくがき欄は、実に紙面の三分の一の大きさを占めるまでに成長を遂げていったのデある。最終形態、気分は白紙。

結果。
センセイに怒らりタ。
「これは、既に新聞でない!」 との強い叱責を受けるに至った。
尤もである。……が、後悔はしていない。
あれほど楽して得した上に、周り中から喜ばれたことなぞ、我が人生において他に類を見ぬからであル。
……っつーかサ、センセイもサ、もそっと早くに止めるべきだろうよ。なぁ?(笑)

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