132 こんなところに中指が
2006年3月22日(水)
「……ああ」
ある夜のことだ。まどろむ私の隣から、小さな呟きが聞こえてきた。
「こんなところに中指が」
夫が妙な寝言を言ってらぁ……と思う。なんとなく脳裏に情景が浮かんだ。
野っぱらの中に細く長く伸びる舗装もされていない田舎道。その道の途中で夫が中腰になって地面を見ている。夫の目線の先には中指。地面に這いつくばるようにして生えた小さなタンポポの横で、小石と混ざるようにして一本ぽろんと落ちている。傍にアリンコがにじっている。空は青空。なんか平和だ。牧歌的だ……。
と、そこで。
ちょっと待てよ、と私は我に返る。きっぱりはっきり目が覚めた。思わず隣で眠る夫の顔を伺い見る。太平楽な顔して寝ていやがるこの夫、一体全体どーゆー夢をみておるのだ?
もう一度、よくよく推考してみる。
「こんなところに中指が」と夫は言った。
「こんなところ」が私が思ったように野中の一本道か、はたまたタンスの引き出しの中か、その辺は謎である。でも、「こんなところに」というからには、ちょっと意外な場所なのだろう。中指がぽつねんとあっても意外でない場所、というのが実際のトコあるのかどうかはワカランが。でも、夫のつぶやき加減からして、超びっくり奇想天外な場所というワケではないらしい。
続いて、「中指が」という台詞。わざわざ「中指」限定なのが解せぬ。中指、というからには中指のみ単体でその場にあるということであろう。手が付いていれば、「ああ、こんなところに手が」と言う筈だ。人間ってなぁそういうもんだ。
さてさて、更に解せぬ。指が一本落ちていて、どうしてそれをぱっと見に「中指」と断定できるのか? 親指や小指ならなんとなく単体であっても分かるような気はするが、中指、人差し指、薬指。この区別は難しかろうに。
想像してみる。
夢の中、夫は田舎道を歩いている。ふと気づくといつの間にか指がない。「ありゃ、しまった」と、今来た道を振り返れば道のそこここに指がある。道を辿って指を回収して歩く。小指、親指、人差し指……。順当に回収されていく指達の中で何故か一番背高ノッポの中指だけが見あたらぬ。キョロキョロと辺りを見回す。タンポポの葉陰でかくれんぼをするようにある指。「ココだよ」とクスクス笑っている。
「……ああ」
と、声が漏れる。にっこりと微笑む夫。
「こんなところに中指が」
イイな、と思う。もうちょいひねればちょっとした幻想小説になりそうだ。楽しい。
翌朝。夫に寝言のことを尋ねてみたが、案の定、全く夢の内容を覚えていやがらねぇのであった。現の世はつまらない。